フルーツタルト
いきる意味をなくして毎日暗い部屋ですごす日々。ふと見かけた記事を見ていたら急に思い立った。スコーンが焼きたい。
深夜2時、スコーン焼き上がった。焼きたてのスコーンを頬張ると、それはあまりにもおいしかった。心が嬉しく、元気になった。食べることってすごい。
食べることはひとを元気にしあわせにしてくれる。つくるのも食べるのも心から楽しい。
絶望して心が折れそうになった夜にはお菓子を焼いた。チーズケーキ、パウンドケーキ、クッキー… 焼ける瞬間のワクワク感、焼きたてを頬張るときの幸福感。毎回オーブンの前で焼き上がるのを待った。その時間がたまらなく好きだった。
ケーキを焼いている時の私は最強だった。私はおいしいケーキを焼けるのだ、という自信。そこには約束された幸福が必ずある。…その事実だけで嬉しく、にこにこした。
何もかもうまくいかなかった。でもそこには私が焼いたおいしいケーキがある。それだけで私は私でいていいのかもしれない、という自信になる。なにかと比べる必要はない。だって私がおいしさに満足しているのだから。今が幸せなのだから。
ある日。毎日あまりに辛くてケーキが焼けなくなった。なにもできない。毎日寝て起きるだけの生活になった。もう私はだめかもしれない…… 外にも出られず、ずっと布団の中にいた。
部屋にひとりでいる時間は辛かった。私の人生はなんだろう。どうして生きているんだろう。
…ひたすら寝込んでいた。何も出来ない。ひたすらマイナス思考になった。生きる意味を失いかけていた。
ある日、友人が家に寄ってお菓子を届けてくれた。手作りらしい。かわいらしい包装をあけると、そこにはおいしそうなフルーツがたくさん乗ったフルーツタルトがあった。すこしかじって食べてみた。
……私はあまりの美味しさに涙した。
手作り。その言葉が大好きだ。手作りにはそのひとの気持ちがたくさん詰まっていると思う。
温かさ、優しさ、元気…
そのフルーツタルトはほんとうに美味しかった。ずっと泣きながらタルトを食べた。それは暗い部屋で光る小さな希望だった。光を食べた。嬉しくてしあわせな気持ちで眠った。魂が元気になった。
私には、食べものしかないのだと思った。
食べ物で小さな幸せを作れるなら、それが生きがいになってもいいじゃない。そう思った。
暗い部屋でもすすむしかないな、とフルーツタルトを思い出しながら、今夜も私はケーキを焼く。焼きたてをほおばりたい、その一心で。
おわり